合気観照塾東雲道場

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直正眼の身勢

一打三足と直正眼

世話役です。

最近の定例稽古は、女性陣の稽古が続いています。

まずは、腕振り、掴み手外しで脱力の感覚の基本の後剣術の基本をしています。

人中路

・戦車打で人中路を理解する。
 剣で截れるのは、人中路と人中路の間である。
・人中路の外界と内界の空間の違い。
・外界と内界の境目が人中路。
・空間を分けることが『截る。』ということ。
・空間を分ける作業は、体内より生まれて興り、剣によって実現される。

中正眼の直進歩法と正面截り

・呼吸とあわす、呼吸の三動作。
・・・・
と稽古していたところ少しずつ固まって来たので、一打三足に変更して正面截り、その後に一打三足の直進を行いました。

そして、宗匠より指導を受けた、正面截りの後、三足目で中墨に突きを入れて行ったところ、その三足目で中正眼の身勢が顕れました。

確かに!宗匠より一度も直正眼の形を言われたことがなかったように思います。

ただ私の記憶にあるのは、燕飛で宗匠が
   相手を中正眼で抑える
   相手が嫌がり、人中路を外して来る・・・・
です。

宗匠が私達弟子に形を覚えさせない理由は、覚えてしまうことに危うさがあることを示されていると思います。

女性陣の皆さん、黙々と稽古して頂きお疲れ様でした!



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by shinonomeaiki | 2016-04-26 23:35 | 定例稽古 | Comments(0)

YS さんからの第二十九回研究会メモ

SYさんからの研究会メモです。
いつもありがとうございます。
第二十九回研究会の冒頭に宗匠より
剣の法 前田英樹著
の紹介がありました。
書籍からの抜粋なのをここでお断りします。
73P 「陰」と「影」
76P 「随敵」の教え 読み等




合気観照塾東雲道場 
世話役 様
 内容:K先生から「新陰流杖術」の指導を受けた。
    (第二十九回研究会)
     期日:2016年4月10日(日)13時~

@今日は、杖の、柳生杖というか、十兵衛杖と言われているのですけれど、
 柳生十兵衛が1年間、10くらいの杖を持ってやっていたというのをやる。

<1.基本的な考え方>
@猿廻には、45度の角度で切下げられる二種類の太刀筋があります。
 第一の太刀筋は、柄を持つ両腕は平行になっている。
 第二の太刀筋は、両腕が前腕部で交叉することができる。

@新陰流では、両腕が平行する場合、それを「順勢の切り」という。
 交叉する場合、それを「逆勢の切り」という。
@順勢から逆勢へ この移行転回の中にこそ 猿廻があれば、これが
 カゲ流の最後の教えです。

@カゲ流のカゲというのは、陰と影の両方が書いてある。
@両方、自分と相手との原理ですね。それを書いている。
@初めに動くのは相手です。所謂、「後出しジャンケン」です。
@しかし、相手の動きを待っているのではない。相手を「陽」として
 動かし、動く相手のなかに「陰」として 入り込む形です。
@入り込めば、打太刀の「陽」は 自ずから 使太刀の「陰」を 
 自分の「カゲ」として その「カゲ」に載って
@その原理の型が、猿廻の一切に示されている。
@これを繰り返していけば、いつか 我知らず そうした原理の中
 に入っていける。

<2.随敵の後ろについて>
@上泉伊勢の守が、自分の流儀を「新陰流」と書くとき、「表に現れた天気の
 外観」を言っている。
@これを教えることは、わけも無い。下手は下手なりに 誰でも行なうこと
 ができる。しかし、カゲの流儀は「新陰流」である。これを教えることは 
 実は誰にもできず、習う者は、只、流儀の型に従った 一途な際限のない
 稽古から、一種の跳躍が起こるのを待つしかない。

@もちろん、動きとしても 形の細部は 次第に現実に解明されていき、
 それに従って 自分の動きを 刻みに修正していくことができる。
@稽古とは そういうものだが、そうした動きが現れる元のところ、潜在的な
 カゲの領域、言わば 跳躍によって一気の瞬間がなければ 入り込めない。
@この跳躍は 一回きりのものではなく、新たに何回も起こるのを待つもので
 ある。
@この跳躍の仕方は、教えることはできない。そういう経験は 各自で皆 
 異なっている。だから、各自は 自分で行なうしか 他はない。
@そのようなわけで、上泉伊勢の守が 柳生宗徳に現実に教えることができた
 のは、新影流だけ ということになる。
@その元にある「新陰流」は 今後も引き続いて 己で会得せよ、というわけ。
@目録書にあるゲンキュウの訂正は、   に向って"お前などは まだまだ、、"
 と偉そうに語っているのではない。
@斜線で消された「イン」の字は、正に消された その形で はっきりと
 記されています。
 
<3.猿廻について>
@第一の切り合いで崩された打太刀は、その体勢を立て直して、使太刀の肩に
 切り付ける。右足前で、右一重に 前腕が交叉する「逆勢の切り」です。
@このとき、打太刀は 使太刀の右側を回り込む動き。使太刀は その動きに
 従って 使太刀と同じ「逆勢の切り」で 相手の側の動きを   します。
 敵の右剣を 自分の肩の高さで見て、その右剣に動き、切るということ。
 自分の肩に切り掛る相手の剣を 相手と同じ切り方で捉えることが大事である。
 右剣を捉えて 同時に 切った刀を 中段の高さに納める。これで猿廻は終る。
 これまでに 練習をしてきた通りである。

<4.本当の上達とは>
@型としては、打太刀が負けて 使太刀が勝つ形にはなるが、型などは幾らでも
 ある。
@只、敵に従って 己を現わして、敵が正に切ろうとするところを 切り崩す
 勝ち方には、変ずるものによって、高さの具合が 限りなくある。
@これは、初心者には分からない。只、型を真似て、真似ることに達者になろう
 とするだけである。本当の上達は、その先にある一種の跳躍としてしか 
 やってこない。
@「敵に従う」ということは、ここでは一番肝心なことで、新陰流では 古来
 「随敵の教え」と言っている。 
@だから、自分から 切りにいくとか、叩き落としにいく、そういうわけでは
 ない。
@「随う」というのは、相手の動きに応じることではない。「陽」となって敵が
 動けば、自分は その「陰」となって 敵に乗り移る。それを 言わば、
 内側から崩すことをいう。
@自分を、相手の内側から あたかも瞬間に生まれ出たような感じでフワリと
 立つことになる。
@敵と自分とが、反発の原理から導かれて一つになると、この    を 
 確実に  ため この猿廻の一手の中に はっきりと見て取れる。
@勝つ側と、負ける側とが、双子のような相似形を描いて、円転するところの
 猿廻にこそが、上泉伊勢の守が 理想として求め続けてきた刀法の原理である。
@カゲ流が生み出す勝敗は、いつでも このような相似形を描くわけではない。
 相手の動きも、力量も、心立ちも、現実には様々で、それらは無数の形をとる。
@そういうものに いちいち付き合っていることが「隋敵」ではない。
 只、「円転して敵に随う型」というものを 形に現わす大事の一つとして 
 相似形を現わすことになる。猿廻は その極限を現わしている。

<5.猿の動きのどこが手本か>
@猿の歩き方は、4足で移動する動物と、直立歩行で動く人間との中間にある。
@猿は 直立歩行をする直前の人間の様子を示している。つまり、その直立
 歩行は 未だ不安定で、直ぐに4足歩行に引き戻されてしまう。この不安定から
 「カゲ流」の元祖は 一種の霊感を得たのかも知れない。

@立ち上った猿の不安定はどこからくるのか。それは、よく見れば明らかである。
@直立のままでは 地面を蹴って前に進むという歩き方ができない。立つことが
 できても 長く歩くことは難しい。
@従って、人間が直立歩行を完成させたのは、2本の足で地面を蹴って歩くことに 
 遂に習熟したからです。この習熟には 内容的による「鈍感さ」が伴う。
@ケンコウを移したままで、平気で前後左右に揺れながら 歩くのが人間です。
 猿には こういう歩法は耐えられない。
@しかし、猿の二本足歩行には 又 別の習熟の仕方が可能としてある。それは、
 地面を蹴ることを止めること。
@猿が 身を起こして立ち上るとき、腰の部分を、少し尻を後出しにして 尾底骨
 の上 仙骨の辺りが空に向けて 垂直に吊り上がったようになる。
 これを「吊り腰」と言う。両足の膝が 少し曲って 膝から下だけが 真っ直ぐ
 地面に立っている。両手は 前に垂れ下がって 左右に軽く揺れている。

<6.人間の歩き方はどうか>
@大抵の場合、立っているときは 膝関節が伸び切って、上体はすっかり上に
 なっている。
@歩くとき、前足を爪先から持ち上げて、出してから 踵から着地し、後ろ足は踵を
 上げて爪先で地面を蹴っている。つまり、地面に反発して身体を押し出している。
@4足歩行のやり方が、そのまま2足歩行に適用され、それが甚だしい変形を帯びて
 いる。

<7.西洋人と東洋人>
@反発の原理を使った この直立歩法には 様々な程度の差がある。
@狩猟と牧畜に主な生活基盤をもっていた西洋人は、反発の原理による歩行をよく
 行う。
@ところが、農耕、特に水田耕作に主な生活基盤を持っていた東洋人の歩法は、
 反発の原理に訴える度合いが低い。

<8.反発の原理に訴えずに歩くとき 人はどうするか>
@猿と同様、膝を少し曲げて、膝から下の両足を真っ直ぐ地面に降ろして、足の裏
 全体で歩く。
@腰は 仙骨の辺りから吊上げられたような状態になる。
@上体だけは、猿と違って、真っ直ぐ立てられます。
@この姿勢では、両手は だらりと両腿の付け根辺りに置かれたままで、前後に
 いきおいよく振られることはない。
@八朔を生活基盤とした東洋人は、そうした歩き方の傾向がみられるが、完成しているわけではない。(滋賀より参加の初心者)


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by shinonomeaiki | 2016-04-21 08:50 | 研究会 | Comments(0)

位を覚えないということ。

世話役です。

 いつも気をつけていることを書いてみました。


1 位は覚える必要は無い。
  位は身勢が外に現れた状態です。
  身勢とは、平たく言うと、体内の懸(けん)と待(たい)が循環し、滞りなく動ける状況であり、その時々によって変化するものです。
  よって、位には形がなく、身勢によって定義づけられていますので、見た目に固執する必要はありません。 

2 忘れることを能動的に捉える。
  形を忘れるということは、身勢が馴染んでないということ。
  位をとった自分の姿を覚えるより、打ちかかる相手の姿に反応する。
  覚えられないということは、その形では相手に反応出来ないので、体が防衛本能で忘れさせようとしているかも知れないですね。
  そんな形を覚えるのは体に良くないです。
  でも宗匠が動けているのは何故か?
  それは、位をとる以前の身体操作なのです。
  ですから私は、『覚えられないこと』を大切にして、何故出来ないのかを考えて、呼吸一つ、指の曲げ方一つから細やかに修得したいと思います。

3 何を修得するのか。
  身勢が出来ていなければ、上手く構えてもゼロ点です。
  身勢が出来ていれば、剣がなくても位なのです。
  私は自分も含めて会員の方々には、上手く剣が使えるようになって欲しいとは思っておらず、上手く剣が使える体になって欲しいと願っています。

  何故なら世の中に数多ある身体技術の中で剣や剣から生まれた合気が一番普遍性を有していると考えるからです。
  囲碁、バスケ、オートバイ、登山等にも当然に哲学があり、普遍性があると思いますが剣、合気を含む武術(殊に生死を賭けた時代から派生する流儀)は生を勝ち得るために、死と向かい合うしかなかったのだと思います。
  もちろん、封建的な世の中で、自分の意思によらず、刃物で人と切り合わなければならなかった時代の話です。
  そんな世の中で誰もが否応なしに死と向き合い、そこから生を勝ち得る方法に普遍性を見出だそうとしたのだと思います。
  
  私は念仏宗教にも同じことを思います。
  念仏を唱えれば救われる。
  誰もが苦しみから救われたい、その『誰もが』が普遍性ではないでしょうか。
  誰もが『生きたい』と願う。
  その『誰もが』のために、奇跡的な資質と才能を持って生まれた達人たちが、星の光のように現れては消えながら、少しずつ体系化し普遍性を帯びた技術こそが修得すべきものだと考えています。

  ですから私は、そのようにして出来た動きの技術、ものの考え方が他の動きや動作、思考活動に使えないわけがないと考えています。

 くれぐれも、覚える起点を間違えないように気を付けていきたいと思います。
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by shinonomeaiki | 2016-04-13 08:31 | 意義 | Comments(0)

第二十九回研究会稽古メモ

第二十九回研究会

S代表よりの〈稽古メモ〉です。
いつもありがとうございます。


剣の法 前田英樹著より
73P 「陰」と「影」
76P 「随敵」の教え 読み

新陰流杖術より
袋撓と警杖を用いて
1.児手柏
  猿廻
2.打付
  水車勢
3.太刀落
  城郭勢より行う

を研究致しました。



警杖を用いて肩甲骨や体幹の伸展、脱力、捻転を行い緩めていく。

今回は13名のご参加があり盛況でした。稽古した技は3つでしたが、それに入る迄の青岸や城郭勢の位、撥草への入り方、身体や太刀の向き、太刀筋の精度、身勢等を確認しながら稽古していると時間が経つのが早く感じられたのではないでしょうか?

また多人数のため今回は3つのグループに分けたことで個々の稽古密度も上がったと思います。次回もどうぞ宜しくお願い致します。

世話役です。

代表のおっしゃる通り今回は皆様のおかげで多くの参加者がおられました。
誠にありがとうございます。
そこで、今回はグループに分かれて貰って稽古して頂きました。
人員は私が勝手に分けさせて頂き、S代表、Fさん、私のグループに分かれて頂きました。
グループごとに進み具合が違い、竹刀の音の数と大きさも違ったと思います。
宗匠をはじめ、参加者の皆様も労力、費用をかけて参加頂いていますので、より効果的に安全に研究して頂きたいと思いグループ分けを取り入れさせて頂きました。

編成にご意見があればいつでもご意見承りますので宜しくお願い致します。

杖で猿廻、くねり打ちをすると、動作の仕組みが分かりやすく思います。
もとは薙刀のような長物から動きがきているかも知れないので、薙刀や長巻でも稽古してみようと思います。





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by shinonomeaiki | 2016-04-12 08:29 | 研究会 | Comments(0)

東雲道場は、合気修得を志す人の稽古場であり、このブログは、その人達のために稽古内容を記録化する目的で開設しました。
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