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合気観照塾東雲道場

はじめに

私は合気観照塾東雲道場の世話役です。
合気とは、柔術、剣術といった日本武術の真髄を成すものであり、言うなれば、外圧に対する「身の処し方」であると考えます。
掴む、突く、切る等の武術的な外圧の他、対人関係や仕事、病気、加齢等々の自らが受ける影響力が渦巻く中に身を置いているのが私達なのではないでしょうか。
脳と体、意識と感覚等の伝達経路を開発し、また、自己の中心はもとより空間、環境における他との相対的な位置とバランスを認識する等の訓練を積むことにより、合気の修得に努めます。
影響力が渦巻く世の中で、そんな合気修養の訓練成果を活かせられれば、自らの身を安心立命出来ると信じています。
東雲道場は、そんな合気の修養を志している人が稽古する、大阪府堺市を中心に活動する合気練場です。
このブログは、東雲道場の会員のため稽古内容を記録化する目的で開設しました。
お問い合わせは、世話役である私がメールでのみ対応致します。
お問い合わせ先

shinonomeaiki@gmail.com
(全角の@を半角の@に直して送信してください。)

会員の方は、既に御存じの連絡先に連絡下さい。

このブログとは別に簡単なホームページもございますので、
     合気観照塾東雲道場

で検索して頂ければ閲覧出来ます。

月刊「秘伝」の道場ガイドにも連絡先等掲載しています。
携帯電話、パソコンの受信設定でGmailからの返信が受信出来ない場合は、秘伝掲載の問い合わせ先に連絡下さい。


YSさんの英訳です。

Introduction

I am a caretaker of Shinonome Dojo of Aiki Kanshou Juku.
Aiki constitutes the essence of Japanese martial art represented
by jiu-jitsu and swordsmanship. In other words, aiki is how you
treat your body against external pressure.In addition to martial
arts pressure, there are human relations, work, illness, old age,
etc. as the pressure which we receive.

In order to acquire the aiki,
1.Develop communication pathway of brain and body, consciousness
and sensation.
2.Repeat training to recognize the relative position and balance
between you and your opponent.
3.Repeat training to recognize the position and balance relative
to the opponent in various spaces and environments.

We live in an environment surrounded by various pressures. And I
believe that by acquiring the aiki, I can reassure my own body.

Shinonome Dojo is a place where those who wish to learn such a
kind of aiki practice. Shinonome Dojo is active in the area
mainly in Sakai city, Osaka Prefecture.

This blog was prepared for the purpose of recording the content
of the lesson for members of the Shinonome Dojo.

Inquiries from everyone will be answered by e-mail that I am a
caretaker.

Contact address:shinonomeaiki@gmail.com

Please change the address to @ for inquiries




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# by shinonomeaiki | 2020-12-31 23:59 | 意義 | Comments(0)

稽古日程について

平成27年3月から基本的に東雲道場の稽古日を
      土曜日 午後1時から午後5時頃まで
でやっていくことなっています。
 平日、及び日曜日にも稽古希望の方は御相談頂いて結構です。


 世話役の私を含む指導担当は、仕事の都合で欠席する可能性がありますので、その折は前日までに稽古予定会員の方へ連絡致します。

 また、会員同士で稽古されるときは連絡頂ければ、指導担当者がいなくても可能な限り道場を使用して頂けるように努めます。
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# by shinonomeaiki | 2020-12-30 23:56 | 設定 | Comments(0)

センタリング呼吸法とは。

世話役です。

平成29年6月24日土曜日
合気観照塾定例稽古にて

★センタリング呼吸法とは

この日、宗匠が考案されて我々弟子達に指導されて来られた、

   センタリング呼吸法

の説明がなされました。

 合気観照塾が発足して15年、更に発足以前の組織で指導しておられた宗匠に弟子入りしてこの方、一度たりともセンタリング呼吸法という説明を受けたことはありませんでした。

 宗匠の合気修得の第一教義は、技や体の動かし方を覚えるのではなく、合気を使える体をつくることです。

 その体をつくる方法として、合気観照之図に基づく、体操、歩法、基本単式稽古、相対稽古等を行ってきましたが、それら全てに共通する身体功というべき位置にあるものが、

  センタリング呼吸法

であるということは漠然と認識していましたが、この日までそれを明確に捉えきれていませんでした。

 ですので、私はこれまでセンタリング呼吸法という言葉を他人に使ったことはなく、又、人に聞かれても

   いえ、違います

   そういう意味ではありません

と、自分の漠然とした認識にかけ離れた解釈を否定するにとどまっていました。

 しかし、この日、宗匠が稽古冒頭に

   初めてセンタリング呼吸法の説
   明をします。

とおっしゃれて、宗匠の御言葉を聞かせて頂きました。

 腹式呼吸ではなく

 胸式呼吸ではなく

 逆腹式呼吸ではない

 ・・・・・

です。

 ・・・・で表したのは出し惜しみではなく、読んだだけで、勝手に解釈されるのを防ぐためです。

 考えてみれば、・・・・と合気を繋げたのは、宗匠が初めてだと思われます。

 大方の流派は

   合気を使えるための鍛錬

   足運び

   脱力

等を教義とされますが、それは間違ってはいないにせよ、枝葉に過ぎないのです。

 また、・・・・があってこそ、合気は武術にとどまること無く、日常においても、

  己と他と空間におけるバランスを
  いち早く認識して、己の身を、他
  の影響という渦中に沈めること無
  く、最小限の持力を最大限の効果
  を産むように発揮出来る

身体と頭脳を構築出来ると思われます。

 15年以上もの間、教義の重きを成して来た、センタリング呼吸法について、弟子達に一切説明して来なかった宗匠も宗匠ですが、一度たりとも質問しなかった弟子も弟子ですよね。

 言葉や単語の解釈に重きを置いて来なかった師弟の明かしと思っておきます。

 宗匠、この度の御指導、本当にありがとう御座いました。

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# by shinonomeaiki | 2020-12-29 23:59 | 意義 | Comments(0)

剣禅一如、瞑想デトックス教室始動

マインドフルネス・デトックス瞑想教室(仮称)

平成31年3月30日土曜日、東雲道場定例稽古の後1時間程度の瞑想教室をMさんに開催して頂きました。

東雲道場世話役の私は諸事情により妻と交代し、Mさん、妻、Tさん、Sさんの4人の方で開催して頂きました。

現時点この教室は参加無料の不定期開催で行っていく予定です。

永年瞑想をして来られたMさんに御指導お願いしております。

教室のモットーは、脳と体を科学的に内観して分析することを実践するということです。

ですので、宗教色は排除します。

私見ですが、最も「こころ」というものを科学的に分析して、そのデトックスを瞑想により実践して来たのは原始仏教だと考えております。

ですので、宗教色は排除しますが瞑想のメソッド的な説明として原始仏教用語を用いる時があります。

またその原始仏教の創始者は、ブッダですが、ブッダという呼称は、尊称の意味を含む呼称ですので、もしブッダの理論を用いる際には、ここでは
   ガウタマ・シッダールタ
という本名(山川書店発行の世界史用語集より)で、哲学者或いは科学者として登場して頂きます。

また原始仏教以外でも、ハワイの「ホ・オポノポノ」やネイティブインディアンの自然思想や儒教等の中国の古代古典思想等々、哲学、多種多様の既存のメソッドが「こころ」の分析のためにに登場してくる可能性がありますが、宗教の信仰とは別の観点から用いさせて頂きますので御了承頂きたく願います。

ここでいう「こころ」とは精神を指すものではなく、意識、意思、感覚、感情等の体内におこり自覚出来ることを広義でとらえています。

既存のメソッドは今後、この教室へ参加頂ける方々によって様々に変化していくように思えますが、まずは
   三人寄れば文殊の知恵
的にやってみて行こうという気持ちで教室を始動しました。

眠って頂いても、柔軟しながらヨガ的にして頂いても形は問いませんので、どうか日常でお疲れになった「からだ」と「こころ」のデトックスに気軽に参加頂ければと思いますので、どうか宜しくお願い致します。


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# by shinonomeaiki | 2020-12-29 00:25 | 剣禅一如瞑想教室 | Comments(0)

ホームページリニューアル

合気観照塾東雲道場のホームページがリニューアルされました。
閲覧宜しく御願い致します。

https://shinonomeaiki.jimdo.com/

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# by shinonomeaiki | 2019-06-15 09:54 | 意義 | Comments(0)

第六十七回研究会

第六十七回研究会稽古メモ

令和元年6月9日
午後1時から午後5時

☆太極棒

1. 抜長 左右&上下への伸展と脱力(チンチンの原形)


2. 発勁 吸入―圧縮―爆発―排気


3. 砂時計を左右にぶら下げる 指&手の甲への意識


4. 砂時計を左右にひっくり返す 身体の重みを左右に移し替える


5. 六方円 呼吸と動作と意識の一致と微差 自由に時計の文字盤をイメージする


6. 縦横十文字 棒の中心点と中心軸を意識しながら、仙腸関節で動かす心持ち


7. 逆手で横縦十文字 身体の立て替え (手首・肘・肩の位置を確かめる)


8. 雑巾絞り(左・右) 手の内・中心・呼吸・視線・肚【文を切る】

☆居合刀で剣の歩法


世話役です

今回の太極棒の研究で、改めて体内操作と呼吸が段階的に稽古出来るシステムを先生が構築されたと分かりました。

七刀の改良を宿題にされましたので、会員で検討していきたいと思います。







# by shinonomeaiki | 2019-06-15 09:40 | 研究会 | Comments(0)

地獄之門 ダンテ

世話役です。

自分の撮りだめた写真に、上野恩賜公園の国立西洋美術館前にある、ロダン作のレプリカ「地獄の門」があったのをたまたま目に入ったので御紹介します。

 以下ウィキペディアから引用

Per me si va ne la città dolente,per me si va ne l'etterno dolore,per me si va tra la perduta gente.Giustizia mosse il mio alto fattore;fecemi la divina podestate,la somma sapïenza e 'l primo amore.Dinanzi a me non fuor cose createse non etterne, e io etterno duro.Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.'[1]


我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ[2]」

地獄の門の銘文は、門自身が一人称で語りかける形となっており、いわば門の自己紹介であると同時に地獄の紹介ともなっている。

始めの三行で反復されていることは、この門をくぐる者がこれから行くことになる地獄界のことを指している。すなわち、地獄界と、そこで繰り広げられる永劫の罰、そして地獄の住人のことを端的に言い表しているのである。

また、次の三行では、地獄が三位一体の神(聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛)の創造によるものであることを示しており、始めの三行が反復しているのは、次の三行で象徴されている「三位一体」の神学に対応しているものである。

以上引用終わり

我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
   聖なる威力
   比類なき智慧
   第一の愛
我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、
しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

というダンテ「神曲」の1シーンとして門が語りかけるようです。

私は神曲を読んだことはありませんが、もし人間がこの世に生まれ出る直前、神によって前世の記憶を消される際に、神からこう言われると妄想して読んでみると、この世に生まれ出る人間をいたわった母親の言葉に聞こえるのは私だけでしょうか。

一度そう妄想して読んで頂けたらと思います。

我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
   聖なる威力
   比類なき智慧
   第一の愛
我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、
しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

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# by shinonomeaiki | 2019-05-31 07:47 | 随筆的な | Comments(0)

東雲道場は、合気修得を志す人の稽古場であり、このブログは、その人達のために稽古内容を記録化する目的で開設しました。
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