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合気観照塾東雲道場

<   2019年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧




地獄之門 ダンテ

世話役です。

自分の撮りだめた写真に、上野恩賜公園の国立西洋美術館前にある、ロダン作のレプリカ「地獄の門」があったのをたまたま目に入ったので御紹介します。

 以下ウィキペディアから引用

Per me si va ne la città dolente,per me si va ne l'etterno dolore,per me si va tra la perduta gente.Giustizia mosse il mio alto fattore;fecemi la divina podestate,la somma sapïenza e 'l primo amore.Dinanzi a me non fuor cose createse non etterne, e io etterno duro.Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.'[1]


我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ[2]」

地獄の門の銘文は、門自身が一人称で語りかける形となっており、いわば門の自己紹介であると同時に地獄の紹介ともなっている。

始めの三行で反復されていることは、この門をくぐる者がこれから行くことになる地獄界のことを指している。すなわち、地獄界と、そこで繰り広げられる永劫の罰、そして地獄の住人のことを端的に言い表しているのである。

また、次の三行では、地獄が三位一体の神(聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛)の創造によるものであることを示しており、始めの三行が反復しているのは、次の三行で象徴されている「三位一体」の神学に対応しているものである。

以上引用終わり

我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
   聖なる威力
   比類なき智慧
   第一の愛
我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、
しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

というダンテ「神曲」の1シーンとして門が語りかけるようです。

私は神曲を読んだことはありませんが、もし人間がこの世に生まれ出る直前、神によって前世の記憶を消される際に、神からこう言われると妄想して読んでみると、この世に生まれ出る人間をいたわった母親の言葉に聞こえるのは私だけでしょうか。

一度そう妄想して読んで頂けたらと思います。

我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
   聖なる威力
   比類なき智慧
   第一の愛
我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、
しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

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by shinonomeaiki | 2019-05-31 07:47 | 随筆的な | Comments(0)

YSさんからの第六十六回研究会稽古メモ 663

合気観照塾・東雲道場 
世話役 様

   内容:K先生から「合気を掛ける(続)」指導を受けた。
     (第六十六回研究会)
   期日:2019年5月12日(日)13時~

S代表の第六十六回研究会稽古メモに基づき、第2項「剣の振り上げ、
振り下ろし」で初心者の理解できた範囲で内容を綴ります。

<指導6:瞑想状態になっていく >
@無形から真っ直ぐ中段。これも手で上げるのではなくて 膝を緩めて、
 薄筋を伸ばして、そこから腰椎5番を入れて、肩の力を抜いて、息を
 吸っていると肩が浮いてきて それが   ダンチュウ、喉、そこ
 までいくともう垂直です。そこから肋骨を締めて上げていくと、
 こことここだけで本当は止まるわけです。

@だけど離さないで フワーと だから中を感じ取るのです。すると
 今度は落ちてきて 真っ直ぐ 緩めて、今度は左肩、右肩の緊張を
 こっちへ入って 右肩へいっているところを、 すると刃筋がぶれる
 わけです。だからこのままヒュッとやれば分からないが、これを
 ゆっくりと動かしていくと 自分の手の中の甘さが出てくるわけです。
 それで「無形」迄 戻る。

@ここから また ヌーといって、中段
 最初に余りぴったりとやり過ぎると力が入るので、楽に 左右を
 動かしたり、手を動かしたり、伸ばして、伸ばして、手を緩めて、
 手首、ここで垂直。今度は 先が落ちてくる。するとここが止まら
 ないといけない。ここで支える。そういうことをズーと感じながら
 やっていると 瞑想状態になっていくわけです。
 ちょっと やってみて下さい。

<指導7:呼吸で剣を上げていく >
@これは 今の「発剄」の動作の都合上、背の幅を狭めて。この中を 
 少しずつ きちんと そのときに「雑巾絞り」が効いてくるわけです。
 だからこれで「雑巾絞り」をやればよいわけです。それで剣を上げる
 ときも どの指で引っ掛けて、どの指とどの指で引っ掛けて 剣が
 上っていくか。でも そこだけではなくて どこへでも触って感じる
 ようにしないとダメなのです。それが集中であり、ゆっくりとやる
 ことによって 呼吸とのバランスというか、呼吸で剣を上げていく。

@すると今度は、別に呼吸をしなくても 呼吸を吸っていると思うだけで 
 剣は上がってくる。力を抜いて、吐いていると思うだけで 剣は落ちて
 くるようになると、アヤを斬るのも簡単に斬れるわけです。それで 
 そこで 力が入っていないから 刀の重みとか、どこで支えているのか、
 を感じやすいのです。

Q:発剄の動作と似ていますね?
A:一緒じゃないですか! だから「発剄と雑巾絞りの動作」をやって
  いるのではないですか。大ハッケイ(ハッケンに掛けて)ですよ!  
                       (皆で大笑い!)

@だから 皆 一緒なのです。只、どこが      返しか
 だから発剄動作と雑巾絞りの動作をきっちりとやっていると、これが 
 手の内がズーと感じるように。それを ゆっくり、ゆっくり やって、
 ゆっくり  もうこれをやるだけで 首の後ろを伸ばして、相架けを、
 吸って、吸って、緩めて、吐いて、 息を吸って、吸って、緩めて、
 吐いて、それをやると 瞑想していくわけです。

@自分が瞑想できるようなスピード、呼吸、体感というので足は重心を
 前へ余りいかない。後ろ、前、吸って、吸って、緩めて、吐いて、 
 それが一番大きい動きである「雷刀」からの それでこれが「一刀
 両断」になってくる、「合し打ち」になるわけです。嫌でも真っ直ぐ
 斬っているから。それが足の位置がちょっと離れると もう刃筋が
 変わってしまう。

Q:刃筋が変わる、ということは 足の位置が間違っているという事
  ですか?
A:だから 最初から言っているではないですか! あしからず!
 (すかさずS代表から“教え方が、、”の突っ込みで 皆で大笑い!)

@だからここでこう吸い上げないと 要するにストローでヒューと吸い
 上げないと 剣はヒューと上がってこないし、肩の力を抜かないと
 剣は落ちてこない。すると 鎖骨、肩甲骨が自由に動くし、それが 
 顎が前に出ているだけで もう肩の力が抜けないのです。だから 
 そういうことを自分の中で ずーと探し続けるわけです。

Q:キンギョ 見ても 違うのですよね?
A:落ちるときもあるし、ひらひらと、

<指導8:腹直筋を伸ばす >
@これも ここへいって こう上げるのか、そのままここを伸ばして
 いくのかで 変わってくる。それで何が目的かというと、腹直筋で
 伸ばすのが目的。伸ばしていると肋骨が締まるけれど これがここ
 からこういくと 顎が出てくるのです。腹直筋が伸びない。その
 ときに手首がこうなっていると、腹直筋が伸びない。ここへ寝て、
 初めて腹直筋が伸びます。

Q:疾雷刀ですね?
A:疾雷刀ですよ! 一緒ですよ。

@だから たくさん共通項があれば、それは間違っていないというのが 
 私(先生) の考え方です。それで、これだけにしか使えない、と
 いうものは それは まあ置いておこうと。

<指導9: >
@ここで 手首、手首。寝かす、刀を少し寝かす。そうすれば腹直筋が
 伸びるでしょう。すると先ず腹直筋を戻して、肩の力を抜いていたら、
 刀が落ちてくる。落ちるのです。だから 刀をトウイに持ちながら
 「合し打ち」になるわけです。

@それが 要するに 刀が  なり過ぎると「水車勢」になっていく
 わけです。相手を 打ってくるのを落として そのままでこう上げて
 いって、スパッと落とす。今度はここへ上げて そのままこう上げて
 いって  ストーン、スパン、 ストーン、スパン、 

@それが 今度は「和卜」になるわけです。それで これが廻す時は
 「合し打ち」で これが「転身転」になるのです。

Q:ほんの僅かの ?
A:だから この仙腸関節を置いておくだけで こういけるのです。
  軸をブラさないのが目的ではなくて、軸がぶれたらダメです。
  そういうのをカタナシ(型に掛けて)というのです。     
                       (皆で大笑!)

@だから 足の位置というのは歩法とかが凄く大事になってくるし、
 だから 形だけをバンバンやって満足していると、永久にそこに
 落ち着かないようにできているのです。

 それと、師範はいつでも勝てるのです!

@だんだん速くなってきて手でやるようになっている。瞑想法です。
 ゆっくり、 ゆっくり、

Q:自分の動きを実況中継する?
A:だから そういうことに気付いていけばよいのです。ではどう
  すればよいか? 左手が悪いのか? 右手が悪いのか? 
  足が悪いのか? 呼吸できちんと上がっていないのか? という
  ふうに考えて。すると 上に上げた時に 刀が、
Q:なるほど、よく見ていますね?
A:だから 親指を このまま 真っ直ぐ中段にするでしょう、
  足を入れ替えても こう ずれなければよいのです。
Q:そうですね、
A:それを 逆に増やすことによって、フェイントにしたり、相手の
  反応を呼び込んだりするわけです。それの一番なのが「双雷刀」
  です。
Q:雷刀で左右に振る? どっちの方か 分からない。
A:ということは、手の中がきちんと振れないとダメなのです。
Q:それと「猿廻」のような?
A:だから これは      これがこう走る「斬釘セン鉄」、
  とか 要するに、手だけでやっているわけではないのです。
Q:相手は それで想像するわけですね?
A:だって ニショだから相手の手がどこにあるか    
  相手は そっちかと思いますよね。だって騙し合いですから。
  形を決めて、戦いの場で 敵に それは間違っている! とは
  言えない。
Q:という事は、相手の手を見て、足を見て、
A:相手は何をしようとしているのか、だからそのバリエーション
  をいろいろ作っているのが「外伝試合勢法」なのです。
Q:この肩幅の内側で 相手がどうくるか分からない。
A:だから 形をやると そういう発想にならないのです。だから
  一人稽古で癖を出さないようにしていかないと。

<感想>
 S代表の稽古メモで「武術の稽古、練功はやはり それ自体が
 優れた瞑想や変性意識、禅的なものに劣らない」という含蓄ある
 コメントに この道の深さを感じます。
           滋賀より参加の初心者





by shinonomeaiki | 2019-05-31 06:32 | YS さんの稽古メモ | Comments(0)

YSさんからの第六十六回研究会稽古メモ 662

合気観照塾・東雲道場 
世話役 様

   内容:K先生から「合気を掛ける(続)」指導を受けた。
     (第六十六回研究会)
   期日:2019年5月12日(日)13時~

S代表の第六十六回研究会稽古メモに基づき、第2項「剣の上げ下ろし」
の前段階で「発剄」についての指導を受けた。初心者の理解できた範囲
で内容を綴ります。

<指導3:発剄とは >
@基本は平行。平行に立って太極棒を上げていく。丹田、溝落ち、
 ランチュウ、鎖骨、ここで引くと棒がひっくり返る。肩の力を抜く、
 首の後ろを伸ばす、ここで会陰と百会が繋がる。

@肩の力を抜いたら棒が回転するので、丹田の力で首の後ろをキープ
 して、棒を前へ出して、棒の真ん中と身体の真ん中が合う。
 肩の力を抜いて、太極棒を落としていく。

<指導4:発剄の実際 >
@足幅、これを寄せて息を吸う、するとどこまで入るか。それで今度は 
 これを寄せないで、薄筋がきっちりと使えて、センサーになっていて、
 呼吸をするとかなりいくけれど、入ってこない状態、これをこのまま
 頑張っても入ってこない。そういうふうに 入るのか、入らないのか、

@吸って、吸って、どこまで 手の力を抜いて、どこまでどう上げたら
 肩に力が入るのか、そのポイントを探すのしか道がないのです。
 そこへいくのに 持つと上げようとするから、持たないで しかも
 これ「発剄」太極棒。そのときに これが締まって、緩んだら手首が
 回転する。そうすると、それだけの話です。
 それで、足がこう開いていると お尻の方へいってしまうわけです。
 これがどのくらいの開き方だったら きちんと腰椎5番が入るのか。

@一回寄せて、少し開いて(足の)親指のこの太さの分だけ外に出る。
 すると薄筋が効いてくる。すると 呼吸で上がってくる。手で上げ
 ない。呼吸で肩が浮いてきた分だけ 手が上がってくるわけです。

Q:幽霊の手?
A :そうです! 只の幽霊ではなくて、ここから肩の力を抜くと 
  回転していくわけです。すると発剄の状態になります。

@これも 棒を握ってしまうと ではどうなるか です。そういう
 ことなのです。だから 棒を持ってやり始めないと 逆に 皆 
 形だけになってしまうのです。
 吸って、吸って、緩めて、前に出して、その時も突っ張ってしまう
 と 落ちないです。どこまでなら 落ちるか。

Q:これが 一人稽古の?
A :それをしないと、只の“千回やりました! 千回せんかい!”に
  なってしまうのです。

@フェルデン・クライスは“同じことを違うやり方でいっぱいできる”
 と言う。それは「システマ」も そうなのです。「システマ」は
 そういう意味なのです。

@それで どこまで上がるか、 肩に力が入らないところ。肩に力が
 入るのは、下からの力が ここで止まるという事なのです。だから 
 肩に力が入らないやり方を続けないとダメなのです。それに一番
 良いのが、ここをこうして支えて はい、力を抜いてください。
 これは パッと離すとストーンと落ちるのが力が抜けている状態。

 私(先生)は湯舟に浸かると 必ず手を浮かすのです。
 武道歌選集にも
“水に浮く    なんとか壁に 自由に動けよ”

 だから水に浮くで 浮力の中心があって 自由に動いていくとここ
 からヒューと下からの力を吸い上げて 肩の力を抜いて、ヒューと
 落とせば そのままいくわけです。

@この状態で   形が ここしかない。ここから 吸って、吸って、
 緩めて、スーと前にいく。そういう意識。それが  にもなるし、
 突きにもなるわけです。そういうことに気が付くのが一人稽古。

@肩の力を抜いて、 全部抜くからダメなのです、“抜け作になる” 
 ここは置いておく、中心軸は置いておく、これが中心軸。
 吸って、吸って、緩めて、肩の力を抜いて、そのまま手を スーと
 前に出す、それだけの事です。だからもっと楽な方法がないか、
 探さないとダメなのです。

@全然 頑張らないでしょう。突っ張る  それを今度は全部握って
 しまうとどうなるか。これが人差し指と小指を少し浮かす。ここまで
 やると 少し出して 中指と小指でワッパを作るようにしてやると 
 肩の力が抜けるけれども こうしたら肩の力は抜けない。
 違うでしょう。

<指導5:発剄の稽古 >
@二人一組になって 一人が手を短棒の中心に当ててください。

Q:あー、そういうことですか?
A:そういうことです!

@これ ちゃんと真ん中、それで首の後ろ 肩の力を抜いて、吐いて、
 武道歌選集にも
“      出すないたずらに、敵の力もわが力なり”
@伸ばさない、そのまま、はい シューと力を抜いて、吸って、吸って、
 肩の力を抜いて、手を先に廻さない、肩の力を抜くから 手は これ、

Q:幽霊の手?
A:そう 言っているじゃないですか。
Q:これから こう?
A:そういう事です。そうしたら バーン!といくのです。

@ここ(短棒の両端)を引っかけておいて これ 握っていない。
 触っているだけ。引っ掛けるのは中指と薬指。
 それで 吸って、吸って、これ ここでは未だ肩の力。ここまで
 上がって、初めて肩の力を抜いたら、手首がこれが こういくと 
 突っ張ってしまう。ここで   左右に引き分ける、肩の力を、
 首の後ろから スーと、 

@力を入れないでおこうと思えば、支えるのが一番いいのです。
 握ってしまうと 肩に力が入る。このままだから宙に浮くのです。
 ところが こう握ってしまうと 自由に動かない。だから 如何に
 して 肩の力を抜くか、下の力を ここを各駅停車にしないで 
 通過駅にしてしまう。

@ではもう一回、ゆっくりと 吸って、吸って、寄せて、首の後ろを
 伸ばして、肩の力を抜いたら カクッと落ちてきて、手首がキョンと
 変わって、そのまま首の後ろと こことがバランスを取って 息を
 吐きながら 相手の後ろへフーと吹き抜けていく。そういうことです。
 吹き抜ければよいのです。

@手をこうやるのではなくて、だから例えば、こうやって こういう 
 から 止まり、そのまま 止まれというか 寸止めするわけです。
 止まったら固まってしまう。寸止めにする。寸止めしているけれども 
 止まってはダメなのです。
 要するに、極端に言えば、ここで寸止めをするのですが、寸止めを
 しても身体は中に入ってくる。これを ほら ヒュッとね。

@もう一回やります。スーといって、寸止めをして、このときこう
 いって ここで こう触りましたね。ここでこっちの緩みが取れて
 いるのです。緩みが取れた瞬間に吹き抜けるのです。ところが、
 これで こちらの緩みが取れていても キープすると止まってしまう
 のです。ここで 指の中で緩みが取れた瞬間に ウーン! といって
 しまうのです。

Q:人間には警戒心があるから?
A:そこが反射なのです。
Q:反作用を起こしてしまうのですが?
A:だから「反応半ギョ」と呼んでいるのです。反応したときギョッと
  する。

@それをちょっと両手でやって、これでそのまま、こうではなくてこう
 です。ここまでいって あとは フー! 分かりやすいでしょう。

Q:人間は警戒心から 直ぐに反作用を起こしてしまうのですが?
A:それを利用しないとダメなのです。
  だから “敵の力と 我が力なり” なのです。

@吸って、吸って、肩の力を抜いて、呼吸と一緒に吹き抜けていくの
 です、フワーと。だから 力が入ったらダメなのです。口から息を
 吐いてはダメなのです。

@あと「雑巾絞り」も 同じような感じで 自分でやってみて下さい。

<感想>
 昨年末の61研で 太極棒を使った「発剄、雑巾絞り、砂時計、
 十文字、チンチン」を知りました。そして今回、その中の一つ
 「発剄」について 学ぶことができました。有難うございました。

 S代表の稽古メモの第2項「剣の上げ下ろし」について稽古日誌
 (663) に綴ります。

                     滋賀より参加の初心者





by shinonomeaiki | 2019-05-28 07:16 | YS さんの稽古メモ | Comments(0)

YSさんからの第六十六回研究会稽古メモ 661

合気観照塾・東雲道場 
世話役 様

   内容:K先生から「合気を掛ける」指導を受けた。
     (第六十六回研究会)
   期日:2019年5月12日(日)13時~

S代表の第六十六回研究会稽古メモに基づき、第1項の稽古資料読み聞かせについて初心者が理解できた範囲で内容を綴ります。

<指導1:無意識な緊張の解放 >
@前々回(64研)で、知るための訓練スローモーション、呼吸による癒し、
 あらゆる様態をイメージする、について説明をした。今回はトランス状態の脳、仮説、呼吸・体内操作・意念、マインドフルネス瞑想、システマ、について説明をする。

@マインドフルネス瞑想は アウェアネス(気付き)というフェルデン・
 クライスが最初に言ったと言われているが、フェルデン・クライスも
 アレキサンダーに習いにいったりして いろいろなことをしている。
 1900年頃 第一次大戦の後くらいに 日本でレイセツが流行った頃に 
 やはり いろいろなものが出てきて ヒラリスとか そういうのが出来て
 いるのです。その後に フェルデン・クライスが出てきているのです。
 フェルデン・クライスの  は合っているのです。フェルデン・クライス
 は3年経って 作ったと 動きを。それで ○○さんは 一つだと  に
 書いてあったが、

@それで 今日は何をするのか、というと「一人稽古をするときに 何に
 気を付けなければならないか」ということです。普段、一人稽古をする
 場合、立ち木にするか、椅子を使うか、そういうのを使うとしても 
 そのときに どういうことに気を付けないといけないか。

@だから 先に考えすぎると、このトランス状態(変性意識状態)になら
 ない。 だから 形を覚えると、形を稽古しようとするけれども、
 自分が思っている、やっている形が 本当に一番効率が良いのかどうか
 は分からない。そうなので変性意識状態でやっていく方が 本当は良いのです。
要するに変性意識状態になるのが ほとんど寝てしまうので、
 その状態になる期間が短い。すると、後は 瞑想とか、そういうのと
 同じような形でやるしかない。

<指導2:仮説 >
@脳波のアルファー1、アルファー2、アルファー3、とあるが 私は
 1990年の頃、ダイゴセイリュウーをやっていた人のところで、
 ちょっと体験をしたが なかなか面白かった。アルファー1は解放系
 のイメージ、アルファー2は、軸があって落ち着いている感じ、
 アルファー3は 剣を中段に構えて攻めていくような感じでした。

@これは 私(先生)の感覚ですが、ワラーとして座っているだけなら
 アルファー1です。それで中心軸をきちんと意識して 呼吸が深く迄
 入っていってという状態で ある程度フワーとできるのがアルファー
 2なのです。これは直ぐにできたのですが、アルファー3が全く
 分からなかった。

@すると、そんなにフワーとしていないのです。フワーとしつつ 
 ブワーと出ていくような 何か 外車がいったんグーと沈んでから 
 グワーと出ていくような そういうイメージがないと アルファー
 3にならないというのが、 最初はカールスセダイに ジャラ、
 ジャラ、ジャラ、って鳴っているような感じでアルファー1という
 ふうにやるのですけれど。

<指導3:呼吸・体内操作・意念 >
@それで アルファー1、アルファー2、アルファー3、というのは 
 私(先生)が1990年代に新陰流をやっていたとき「付ける、
 入れる、越す」というのをやったときに アルファー1って 
 フワーで抜く、だから私(先生)が言う「付ける、抜ける、入れる」。 
 それで「付ける」というのが アルファー2、くらいなのです。
 それで全部用意して、その寸止め、そこから 吹き抜けていくのも 
 きちんと丹田に落として抜けていくと アルファー3、になるのでは
 ないか と 思う。

@では、「付ける、入れる、抜く」とアルファー1、アルファー2、
 アルファー3、と言うのも 私(先生)の頃は一緒になっていったの
 です。そういうことを余り早く言っても 皆 意味が分からないので。

@それと、そのトランス状態というのを何か。それが だから催眠とか、
 そういうのとの かかわり。それから △△さんの言うところの潜在
 意識共有という事。潜在意識を上手く動かすとか、そういうことなの
 です。それに一番   なのは、自我はなく、コントロールも存在しま
 せん。只 物質的と精神的のプロセスがあるだけなのです。コント
 ロールしようとした瞬間、そこから抜け出てしまう。要するに、コント
 ロールしようとしたり、形をしようとしたりすると、アルファー波は
 無くなるのです。

@だから 今の武術と言うのは 形を教えて それをずうーと伝えている
 というけれども、そのやっている形が 本当に一番合理的で、力が抜けて、
 尚且つ 効果があるのか? しかも 1対1ではなくて 他から直ぐに
 来ても対応ができるのか? というのは、アルファー波状態でないといけ
 ない。それが一番簡単に それが一言で言うと「無念無想」になったり
 するわけです。そういうふうに 催眠とか、瞑想とか、

@それから たまたま観照塾に参加している24時間営業のトレーニング
 センターで働くアルバイトの若者によれば、昼の時間帯に老人男性が多く
 利用しているが、何キロを何回持ち上げてと、皆、身体をゆがめて、
 固まっている。あれは身体に悪い。何とかなりませんか と。 それで
 処方としてやるのは構わないが 緩めないとダメだ!と答えた。すると、
 システマがどうのこうの と書いてきたので、ブレット・アダムスの
 システマ実践講座に書かれていると言ってやった。

<指導4:システマの読み聞かせ >
@「最も重要なのが呼吸である。システマの全てはそこから始まっており、
 テクニックは、その結果に出てくるもので、システマは そこに焦点を
 当てない。システマでは テクニックを先に決めて 状況を解決しよう
 とはしない。」

 (説明)
 これは 何やら   をしなさい! というのと同じなのです。何やらに
 しようとすると もうシステマではなくなるのです。
 
@「他者と共に動くときでも 自分は 呼吸、リラックス、姿勢、動き
  続ける、の4つを守る。それがシステマである。」
 「プッシュアップ動作、スクワット運動、シットアップ、レッグレイズ、
  がシステマの4大運動。日常の動きと一致するので 生活の質を向上
  させる。」
 「身体的な動きよりも呼吸に注目。良い姿勢を保ちながら 緊張しない
  で滑らかに動く。

 (説明)
 ですから、じっとしているだけが瞑想ではありませんよ。  のように
 しばらくの間 立っている。立っているときに 呼吸の状態とか、身体の
 筋肉の状態とか。 すると 歩きたくなる。歩いているときに これを
 やるともっと気付きが多い。「座って瞑想することで得られるサマーディ
 よりも歩く瞑想修行の方が 強いサマーディが得られる」と仏陀が言って
 いる。

<指導5:日本では >
@だからそれを日本では と言うと、そういうことを小笠原流がやっていた。
 元々は 弓とか武術の流派であり、それが1990年代後半くらいから 
 流行らないので、マナーの本になってしまった。最初のころは しっかり
 していたが 後の方はマナーの本になってしまった。全く身体の使い方が
 枯れてしまった。小笠原流という名前は残っているが、マナーの本になった
 ところで 小笠原流ではなくなってしまった。

@合気道でも ○○館で □□先生は「形を決めてはダメだ 力を抜くのが
 全て」と指導されたのに、形を決めて 力を入れて、足の幅を広げて、と
 いうふうになってしまっている。それは やはり多人数に教えようとすると 
 どうしても そういうふうになるのです。でないと“教え方が下手だ”と
 言われるから。だから 形をやりましょう!ということになってしまうのです。

<感想>
 1月(62研)にセンサリー・アウェアネス、3月(64研)にスローモー
 ション、そして 5月(66研)で無意識的な緊張の解放についての読み
 聞かせ指導を受けました。
 脳(心)が息を吐き、身体が脱力するアルファー1の状態。脳と肉体が完全
 なリラックス状態になるアルファー2の状態。変性意識状態(トランス状態)
 になるアルファー3では 自然治癒力が高まり、集中力・記憶力が高まると
 いう。非常に興味深い内容です。

 先生曰く「皆が気付くであろうことを言っているだけです。気付いてくれたら 
 また 違うことを言うかもしれません。アッ、そこまで分かってくれたら 
 これも言える、あれも言える、というふうになる。」 これからが楽しみです。


        滋賀より参加の初心者




by shinonomeaiki | 2019-05-28 07:05 | YS さんの稽古メモ | Comments(0)

第六十六回研究会稽古メモ

S代表からの稽古メモです。
令和元年5月12日日曜日
午後1時から

〈稽古メモ〉
・稽古資料読み聞かせ
・剣の振り上げ、振り下ろし(模擬刀、単身)
・三学 一刀両断(模擬刀、単身)
・合撃打ち(袋撓、相対)
・三学 一刀両断(袋撓、相対)
・柔術稽古数種(両手首を掴まれた状態から
腕、手首、指の内外回しにて崩す)


今回の研究会は個人的に印象深い確認がいくつかできました。
武術の稽古、練功はやはりそれ自体が優れた瞑想や変性意識、禅的なものに劣らないということ。
柔術の指の形や動き、剣術の構えや太刀筋等はそこしかないというところが必然的に現れるということ。
宗匠がずっと観照、確認、稽古されてきたことがその理想、目標に至るための一つの選択肢として存在し得るものということ。

暑い中、宗匠及びご参加頂いた皆様、今回もありがとうございました。





by shinonomeaiki | 2019-05-15 18:57 | 研究会 | Comments(0)

剣の意念 令和元年5月4日定例稽古

令和元年5月4日土曜日定例稽古

京都の武道具店「東山堂」に発注していた
  深反り、剣峯の短刀木刀三組
が一年を経て仕上がって参りましたので、それを用いて
    棒回し歩法
を中心に稽古を行いました。

他の半棒や短刀木刀も使用し、
    命門
    L5
の辺りを意識して、負荷をかけての相対稽古等を行い、
  命門が開閉する前に重心を移してはいけない
  短刀は握ってはいけない
  労宮を使って挟んで引っかける
等に配意して頂きました。

その上で、
  腫れぼったい手ではいけない感覚
を知って頂くために真剣の短刀二種(平造りの寸伸び短刀、深反りの菖蒲造りの短刀)を持って頂き真剣の刃先の鋭さと絶妙の反りの感覚を味わって頂きました。

その上で
  短刀を持っている感覚
  肘から先が短刀になっている感覚
  臍から上が剣になっている感覚
等を意念して頂き相対稽古をして頂きました。

世話役です。

建御雷(タケミカヅチ)が国譲りを迫る相撲(力比べ)の際にの手が氷の剣になって勝つという古事記の記述が思い出されます。
建御雷は登場のシーンも衝撃的で、海の波のうえに柄を下に剣を逆さに立てて、その剣先に座って登場し、大国主命に国譲りを直談判致します。

次の稽古では石の上にでも座ってみますか・・





by shinonomeaiki | 2019-05-07 08:46 | 定例稽古 | Comments(0)

東雲道場は、合気修得を志す人の稽古場であり、このブログは、その人達のために稽古内容を記録化する目的で開設しました。
by 世話役
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